馬場  修

    ( 2009年度 受講生 )

 

今回はマレーシアのクチンで日本語教師をしている

馬場さんからの報告です。

 

 

 広島YMCA日本語教師養成講座の先生及び講座を一緒に勉強した皆さん、ご無沙汰しております。

私はいま、マレーシアのクチンという街に居ます。ここは、東マレーシア(ボルネオ島)にあるサラワク州の州都で旧イギリス領だったところです。戦時中は、一時日本軍が占領し統治した場所でもあります。

街は、治安がよく概ね整備されており、きれいな所です。特に、近くを流れるサラワク河の河畔はウォーターフロントと言うことで約2キロに亘って整備されており、朝の散歩コースにもってこいの場所です。近くには高級ホテルが林立しております。ウォーターフロントの中央付近では、しょっちゅうイベントが開催されており、対岸には州議会議事堂を目にすることが出来ます。こんな所にあるのが、私が日本語教師を務めている「砂日友好協会」( Sarawak Japan Friendship Club ) の日本語教室です。先輩教師のなかには広島YMCAの日本語教師養成講座を修了した方も何名かおられます。

私は、5月20日にこちらに来て、6月から授業を担当しており、間もなく4ヶ月が経とうとしているところです。日本語の授業は、私を含め2名の日本人が担当しております。

生徒さんは、日本のアニメや音楽、ドラマなどから日本語に興味を持ち、話せる様になりたい、意味を知りたいということで日本語を学びにきている人が多いようです。

また、日系企業に勤める社員のなかには、日本語能力試験受験を目標に勉強している人もおられます。

マレーシアは、多民族・多言語国家です。クラスのほとんどは中華系ですが、マレー系の人も何名かおられます。中華系の人は皆さん漢字に強いかといえばそうではなく、漢字はもちろん中国語もマレー語も判らなく、英語しか話せないと言う人もいます。

色々な文化を持った人が一緒に暮らしていますが「マレーシアはひとつ」というスローガンの下にみんな仲良く生活しており、我々も生活しやすい場所です。

生徒は、みんな日本が大好きで、日本文化をよく研究していて、「いつかは日本へ行ってみたい」と頑張っています。

8月中旬からは、12月末までの期間限定ではありますが、クチンから東へ飛行機で約1時間の所にあるビントゥルという街で、日本企業での出張講義も担当しています。

いずれにしても、「楽しい講義」を目標に頑張っています。

2013年9月26日

 
 

 
 
   
 
 
 
 

  

 

 

 

2013.12.27更新

 

                                                                                 

 

 

 

 

 

 

 

青崎公民館「ふれあい日本語教室」(広島市南区)

 

中道 功

( 2007年度 受講生 )

   今回は、2007年度に養成講座を受講された中道功さんが報告してくださいます。中道さんは現在、広島市南区にある青崎公民館の「ふれあい日本語教室」で日本語ボランティアとして活躍されています。  
 

  2012 年4月から、家の近くにある青崎公民館の日本語教室「ふれあい日本語教室」に参加し、 10 ケ月になりました。今日は、その活動についてご紹介します。

[ 活動場所 ]  日本語教室の活動場所、広島市青崎公民館は、広島市南区の青崎にあり、自動車メーカー「マツダ」の近く、JR向洋駅から西へ徒歩 5 分の所に位置します。以前はマツダのふれあい会館を利用していたとのこと。

[ 歴史 ]  当教室は以前「向洋日本語教室」とも称していて、縫部先生(ご主人はもと広島大日本語教育学科の縫部教授)によって 1988 年に設立され、以来 25 年余の教育実績があります。

[ 活動日時 ]  土曜日の午後 7 時から 9 時まで、公民館の休みの日(盆・正月・祝日)を除いて毎週。

[ 教師 ]  代表者の縫部先生を始め皆さん穏やかで親切な良い方ですし、教室はアットホーム・自由な雰囲気です。現在、教師は5人(女 4 、男 1 )で、ほぼ全員日本語教師養成講座等の修了者かつ数十年の経験のあるベテラン(私以外は)です。熟年が多数ですが、元気でそれぞれ民生委員、ネパールとの国際交流、山登りなどと色々と活動されています。高齢の親の介護をしながら頑張っておられる方も。 YMCA (養成講座)の修了生で、 10 年間程ここに来ている若いT先生もおられます。彼女は土曜日も仕事があり、その帰りの参加で、敬服します。

[ 生徒・活動内容 ] 登録生徒数は 15 名ですが、常時来るのは 5 名前後で、半年ぶりにひょっこり顔をだす人もいます。国籍は中国、台湾、フィリピンなど。以前は、ブラジル人やインド人もいて生徒数はもっと多かったとのことです(ブラジル人は日本が不況になり、逆に本国が好況に転じたので帰国したよう)。技術研修生や技能実習生が主で、 20 才前後の若い中国人達が多いですが、牡蛎打ちに従事するフィリピン人夫婦もいます(女性は本国では看護師)。

 
 

 
 
   技術研修生・技能実習生の現状は、日本の若者が敬遠するいわゆる 3 K( きつい、汚い、危険)職場の人手不足を補う役目を担っており、低賃金の単純労働に就いていると言われています。 1 日 12 時間働くことも多いそうです。でも、若い彼らは日本へ憧れ・希望を持って来日・生活しています。また、本国と比べれば高賃金なので、「日本で稼いでお金を貯め、帰ってから家を買うことが目標」と言う中国青年もいます。しかし、彼らの賃金ではとても授業料の高い日本語学校に通うことはできません。無料の日本語教室が必要なのです。彼らは「中国では、無料の語学教室など全くないのに、日本にはあるし、先生は皆熱心だ」と喜んでいます。
 
 
 
 

  自主的に日本語教室へ来る彼らは、真面目で非常に熱心です。科挙の伝統を持つせいか、中国人は資格をとることを目指す人が多いです。「日本語の資格を取って、帰国後はもっといい仕事につきたい」と中国女性。日本語能力試験の N 2級や N 3級の問題集を持ってきて、わからないところを積極的に質問しながら解いていきます。多くは、独身または一人で日本へ来ていて会社の仕事以外の時間は、ボランティア日本語教室を幾つもはしごして懸命に勉強しているようです。当教室と海田町・府中町の日本語教室、ひろしま国際センター、留学生会館のうちの幾つかを掛け持ちし、自転車で移動します。ちなみにここの生徒は、海田町、府中町と広島市の青崎、向洋、仁保、大洲などから来ています(半径数q圏内)。

 

 

 

  研修生・実習生の多くは、国で半年程あるいはさらに日本で数か月間日本語の勉強をしており、日本語の初級の勉強を一応済ませているようですが、実力はまちまちです。そこで、生徒の実力に応じた内容(テキスト)をマンンツーマンで教えています。生徒数が多い場合は 2 、 3 人一緒に教えたりもします。テキストは、みんなの日本語初級・中級、日本語能力検定対策の本、縫部教授著の広島の生活者を対象にした特色あるテキスト「もみじ」(広島弁も紹介)などです。教え方は個々の教師に任されており、自由にやれます。T先生はポータブルプレイヤ−を持参して聴解指導です。小人数単位の指導なので、みっちり教えられ、生徒個々との関係も密になります。大体、生徒−教師のペアを固定していますが、他の先生の欠席の時や、新しい生徒が来たときは、初めての生徒に教えるので、どの分野でも教えられる巾広い日本語指導力(実力)が必要です。

  研修生の中に非常に 優秀な青年(中国人)もいて、教えがいがあります。この間、府中町国際交流会の「外国人日本語スピーチコンテスト」に出るからとのことで、たまたま私が2回ばかり彼の原稿を簡単にチェックしたのですが、確かな知識と思考・理解力を持っていました。彼は「自分もそうだったが、本国の中国人は日本のことを全く知らない」と言います。 2 週間後、大きな声で「優勝したよ」とやって来たのには、驚き、嬉しかったです。賞金1万円を獲得し、励みになったことと思います。

 
 

 中国の大学を出て日本の会社に正社員や契約社員で就職し、日本に来て間もない人もいます。彼らの目的は、会社内で日本人社員と自由に会話できるようになることです。最近、台湾出身のそのような人(契約社員)を担当しています。彼は留学経験があって英語が上手です。しかし、日本語力は初級の半ばなので、文法は「みんなの日本語の英語版」を用いて教えています。台湾人は非常に親日的で礼儀正しいし、考え方も日本人と似ているようです。

  総じて、彼らの日本語における問題点は、日本人と話す機会があまりなく、会話力が伸びないことです。研修生などは、工場では話をせずに作業に専念するように言われているとのこと。そこで、生徒に話しかけ、会話する機会を作るよう努めています。 YMCA の「会話授業」のように会話練習を工夫してやる必要があるのかもしれません。

 
 
  フィリピン人は、英語ができますが、漢字が苦手な為、役所からの文書が読めなく、困って書類を持ってきます。年金・社会保険等の重要な書類ですから助けなければなりません。教師の方も日本語だけでなく、そういう方面の知識も必要です。彼らの3才の息子が保育園に入る時の入園願書の書き方や、入園後の園から案内および息子の毎日の生活を書いたレポート(食欲・昼寝・排便の有無等々)の意味も尋ねられます。

  日本人と結婚している若い中国人女性(主婦)は、 1 才と3才の女の子を連れて、勉強しに来ます。 3 年数か月前に結婚で来日し、ここに来たのですが、彼女は家で御主人と日本語で話しているので、会話はかなり流暢で一番上手です。彼女も子供の入園願書の書き方や入園準備(色々揃える物)の書類を持参して、尋ねます。中国人は漢字の意味が分かるので、少し教えると理解が早いです。最近は、自動車の運転免許を取るため道路交通法の本を持ってきて、法律用語の読み方を(意味は分かる)教えて貰っています。

  彼女の子供達はおとなしく絵を書いたりしていますが、あきると手の空いている先生が相手をしてやります。若いT先生は子供が好きで、子供もT先生が現れれば大喜びです。子供達はみんなのマスコット的存在です。1時間ほど勉強したら、たいてい誰かがお菓子を持って来ているので、皆でお菓子を食べながら休憩し、おしゃべりを楽しみます。日本語教室は、気楽に色んなことが話せるオアシスのような場所にもなっているようです。

 
 
 
 

[ 行事 ]  年に何回かは、一品ずつ料理を持ち合ってポトラックパーティを開きます。生徒が国に帰って行く時の送別会やクリスマスパーティなどです。7月の宇品の花火大会には勉強を早めに切り上げ、花火が良く見える黄金山の中腹(穴場)まで皆揃って見に行きます。

 上とは別に、公民館主催のフェスティバルがあり、利用団体はバザーに参加を要請されます。部屋を利用させて頂いていますので教師達は参加します。

  教材費、交通費、送別会の記念品(餞別)やクリスマスのケーキ代など、すべて教師の負担で、全く純粋なボランティア活動です。皆さん、長年継続しておられますので、外国人に日本語を教えるのが本当に好きで、かつ人とのふれあいを大切にされる方ばかりと思えます。名前「ふれあい日本語教室」はこの教室を良く表現しています。小さな子供を連れて来ても受け入れる包容力と暖かさがあり、私は当教室を気に入っています。

[ 最後に ]  以上のように、「ふれあい日本語教室」は日本語を教えるだけでなく、種々の問題に出会う外国人生活者に助言し、円滑に日本社会に溶け込むのに大きな役割を果たしています。加えて、密度の濃い人と人とのふれあい:国際交流の場ともなっています。

  また、外国人が本国(反日でも)に帰った時、日本語教室を通じて知った日本人の真実の姿や培った日本人との絆は、日本との良好な関係の構築にも寄与すると期待されます。   

さらに、 2006 年に滋賀県で生じた中国人母親による児童殺人事件は、彼女が地域の日本人社会とうまくやれなかったことが原因と言われています。地域の日本語教室の活動は、このような痛ましい事件の発生を未然に防ぐにも役立つはずです。

  広島県にはボランティア日本語教室が 40 団体程度あるようです。それらは、「ふれあい日本語教室」と同様に、各地域で重要な役割を果たしているに違いありません。町・市・県の各自治体もその役割と重要性を認識し、ボランティア日本語教室の活動を支援頂ければと思います。

 養成講座を修了してから引き続き 5 年近く、 YMCA で日本語会話授業、ワンペア会話、日本語ボランティア教室に、一時は連日のごとく参加させて頂き、良い経験を積ませて頂きました。特に、ボランティア教室では、先生方の授業を拝見でき、教案を添削頂くなどして大変お世話になりました。紙面を借りて御礼申し上げます。